スピノザッ!
誰?
バールーフ・デ・スピノザ。
1632年生まれ。オランダの哲学者である。
又吉直樹みたいな髪型してるこの人だ。見たことある人も多いと思う。

この兄さんの言う「コナトゥス」という考え方が面白いので紹介します。
最近こんな本を読んでしまった。
スピノザは興味なかったのだけど、表紙の私たちはまだ「自由」を知らない。というキメ台詞が刺さったので買ってしまった。単純ですね。

はじめての、というわりになかなか難しかった。この調子だとスピノザ本人の本はもっとわかりにくいのだろう。絶対に読まん。
それではスピっていこう
この世界に悪いものは何もない
スピノザが言うには、この世界にあるすべてのものは、良いも悪いもない、という。
たとえばトリカブトがある。こいつは猛毒だ。人間が食ったらただ事では済まない。下手すれば死ぬ。
しかし、トリカブトはそれ自体はただの植物であり、トリカブトなりに自然界で存在しているにすぎない。
ただ、人間との組み合わせが悪いだけなのだ。だから、トリカブトそのものは悪くない。
このようにスピノザは、自然界にあるもの全てそれ自体は完全であり、良いか悪いかは組み合わせの問題であると考える。
それじゃあ、良いものとは何か?
それは、その人の「活動能力」を高めるものである、とスピノザは言う。
例えば音楽を聴く。体調のいいときは、爆音で好きな音楽を聴くと踊りだしたくなるだろう。
でも、調子の悪いときに聴いたりすると、やかましいから止めて欲しいと感じる。二日酔いのときなどそんな感じだ。ラジオでAdoなんかかかってると「うっせえわ」と思う。
そのときの気分によって音楽は「活動能力」を上げたり下げたりする。
これがスピノザのいう「コナトゥス」という考え方である。
良いも悪いも、自分との組み合わせの問題、ということだ。
わたしにとって「うつぼ」は組み合わせのよいコナトゥスだ
コナトゥスとは存在を支える根源的エネルギー
ここで「コナトゥス」という言葉が出てくる。
これを日本語に直訳すると「努力」。
コナトゥスは、自分の存在を維持しようとする力。
維持するために必要な努力、ということだ。
そして、コナトゥスは、人それぞれ違う。
例えば私なんかが分かりやすい。私にとって男性社会で男ものの服着て生きることはどこか居心地が悪い。
私は男性社会と組み合わせが悪い。組み合わせが悪いものでは「活動能力」が高まらない。
しかし、女性ものの服を着る。髪を伸ばす。などをすることは組み合わせが良く「活動能力」が高まる、というわけである。

このように、男だから女だからは関係がなく、ひとりひとりに自分に合った組み合わせというものがある、ということだ。
つまり、いいコナトゥス(努力)は存在を支える根源的エネルギーとなる。
これが「自由に生きる」ということに繋がっていくのである。
もう少しだ。自由を手に入れろ!
自由とは「自分に必要なものを正しく認識できていること」である
スピノザは、人間が真に自由になるためには、理性によってコナトゥスを「能動的に」導くことが必要だと説いている。
簡単にいうと、好き嫌いははっきりさせたほうが生きやすいぞ。ということである。
合わないものは合わない。自分に合うものを自分に取り入れていくことが自由への道。
けどそれは単に好き勝手に生きることではない。
自分が自然の一部としてどういう存在で、どのような力を持ちうるかを理解し、その力を最大化することを目的とする。
これが「能動的に導く」といことに繋がる。
みんなでワイワイすることで活動能力が高まる人もいれば、逆にどんどん疎外感を感じてしまう人もいる。
それぞれの、落ち着ける場所、楽しい時間、は違うものである。
人に合わせることで自分の「活動能力」を下げてはいけない。


おさらいしよう
コナトゥスは「自分の身体を良い状態に維持する努力」のこと
自由とは「いいコナトゥスを見つけ、自分の生活に取り入れている状態」
自分に正直になればいいぞ
それでも自由は難しい
しかし、そんなにうまくいくわけでもない。
例えば、おいしいものをたくさん食べることが好きだとする。
私のコナトゥスは「カロリー高いものを食いまくることだ!」と思い、暴食を繰り返すと、当然太る。

太った自分を見て、愕然とする。
太った私の身体を見ることは、私の「活動能力」を低下させる!
痩せた身体になることが私のコナトゥスだ! 痩せたら私の「活動能力」が上がる!

こうなると、どっちやねんとなる。
自由に生きるといっても、本能のままに行動するとうまくいかない。
- 自己肯定感の喪失 → コナトゥスの減退 → 抑うつ・無力感
- 自己実現や自己理解の深化 → コナトゥスの増大 → 活力・創造性
だいたいこれの繰り返し。人間そんなものである。
好き勝手やりすぎず、自分にとってのいい組み合わせ(コナトゥス)を取り入れながら、バランスを維持していく。
自由にも、センスが必要、ということだ。
自由は快楽主義者になることとは違うんだ



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