プライベート 美容

睾丸摘出手術3年目 刺激を求めなくなった去勢された豚

男性機能を失ってから3年がたった。

相変わらず性欲とは無縁の生活だ。浮いた話一つなく日常を過ごしている。

最近、ギャルいお客さんに

「すきピいるの?」と聞かれた。

すきピだか柿ピーだかわからんが、答えは「いない」で終了。

まったくつまらんおカマである。恋愛もロクにする気がない。話のネタに、せめてセフレくらい作れ、と思う。

そんなわけで、今日は睾丸摘出手術3年後の話をしたい。

歴史的に去勢はそれほど珍しいものではない。中国の宦官やオペラ歌手のカストラートなど、人類はさまざまな(好き勝手な)理由で去勢手術を行ってきた。しかし、去勢した人間でなければわからないことも多い。なので私が語ろう。

それでは行ってみよう。

エロがれない

最近若者の間でエロがる、という言葉が流行している。イキがるのエロバージョンで「欲情する」「セクシーな動きをする」などといった意味で使わている。酒の勢いや気まぐれで女性が時折見せるエロがりが男子を興奮させるのだ。

「わしもそんなころがあったのう」

そんな、今や老人である私の5年前の写真があったのでお見せしよう。

誰やねん!

もちろんアプリで撮影したものなので45パーセントくらいは盛ってるが、確かにわしである。顔はともかく、このころスタイルはマジでよかった。

もうこんな服は着れない。

あの頃の勢いはどこにいったのだろう。

10代20代のころ、男性なら誰もが一度はこういう考えをしたことがあると思う。

「なぜ世の中の女性は、もっとエロい恰好をしないのだろう?」

「若い女がその気になれば何でも手に入るはずだ。俺が女だったら絶対そうしてる」

でも大半の女性はそうしない。肌を露出し、手あたり次第に色目を使う女はごく一部である。

玉取って女性寄りの思考になった今、なぜ多くの女性がそうした選択を取らないのかはっきりとわかる。

露出で興味を持たせることはリスクでしかない。確かに男は寄ってくるかも知れないが男の質は確実に低下する。これは実際自分が遊んでいた時期に痛感した。人間というより「モノ」を見るような目で寄ってくる。興味を示すが扱いも雑になる。近年ライブ中に体を触られたとか言っていた韓国の女DJを見ればわかるだろう。触るやつもアホだが、あの女の格好もなかなかにやばい。

女性はエロ目的の男10人にモテるより、確実に大事にしてくれる男ひとりにモテたほうが生存戦略として合理的なのだ。

男はずるい生き物で、遊ぶ女とちゃんと扱う女を使い分けている。エロ目的の男に好かれたところで、あまり得るものがないのが現状。

エロいお姉さんとして生きるということは、男の性欲の避雷針になるようなものである。

玉取ると、そういうビジョンがはっきりと見えてくるぜ。

わたしだってムラムラすることはある

とはいえ、確かに性欲は減少したけど、たまにちゃんとムラつくのである。

性欲がない、というよりは、瞬間的に冷めるのが正しい。

圧倒的に持続性がないのだ。

オフの日とかにムラムラしたら

「今日は久しぶりに男でもひっかけてやろうかい!」

と思い立っても、その興奮は3分くらいで消滅する。

さっきまで男とあれこれしようと妄想していたことはとっくに忘れてしまう。

気が付いたら違うことをしている。絵を描き始めたり本読み始めたりして、その日は結局何事も無く終わる。これが玉取ってから3年続いている。

睾丸はバッテリー

玉取る前だったら、悶々とした気持ちは実行するまで持続していた。出会い系の掲示板をチェックして、食材を競り落とす三ツ星シェフのように男を物色し、実際に会うまでに至る。

つまり性欲には持続性が大事なんだけど、それがなければ行動を起こすこともしなくなる。イメージ的には

バッテリーが死んだスマホ

性欲は電気のようなものだと考えるとしっくりくる。その場合、睾丸がバッテリーの役割を果たしていて一定期間性欲を携帯できる。このバッテリー機能を失っている、と考えればわかりやすい。

バッテリーが死んだ端末は、常にコンセントに刺してなければ使えない。わたしの性欲もそんな感じのようだ。

あのときの強烈な欲求がときどき懐かしくなったりもするぜ

失った性欲を取り戻そうとした歴史

さて、ここでちょっと人類の歴史の話をしよう。

いつの時代も衰えることに不安を感じていた人たちはいた。

年老いた男どもは、何とかして若返りたい、あの頃のようにギンギンにチンポ勃てたい! と懇願する。

そんな悩みに真剣に向き合った医者がいた。

セルゲイ・ボロノフ。彼は1866年にロシアで生まれ、フランスで医者をしていた。

ちなみにセルゲイボロノフで検索すると同じ名前のロシアのスケート選手が出てくるが、こちらは関係がない。

この人は同姓同名の別人

セルゲイ医師は、若返りする方法を模索して、サルの睾丸を移植する手術を編み出す。

実際にはサルの金玉をスライスして、男性の金玉に縫い合わせるという方法である。

この手術で患者が元気になったという噂が流れだし、その噂を聞きつけた男共は次から次へとセルゲイのもとを訪ね、同じ手術をほどこしてもらったという。その数延べ数百人。まったくもってアホである。てか、そんだけのサルの金玉をどっから集めてきたのだろうか。

結局この手術は実際には効果がなく非科学的である、という批判を受けることとなった。男たちの若返り計画は夢物語に終わる。

性欲を取り戻したいという気持ちはわからんでもない。私も昔、何であんな強烈で無鉄砲なエネルギーがあったのだろうと思う。出会いと刺激を求めるためにはいかなる労力をも惜しまなかった。

だからこそ若いころの気の迷いは大事であり、むしろあのときこそが生物として正常だったのだと感じる今日この頃である。

でも、あと10年もすれば、若いころのセックスの感覚を疑似体験するためのチンコに接続するデバイスみたいなのが開発されるかも知れない。長生きしようぜ。

玉が無くてもぶつけると痛い

この前、股間をぶつけたらめちゃ痛かった。確かに玉はなくなったけど、なんか奥の方にボコっとした管の端のような部分がある。ここを強く触ると金玉をぶつけたときと似た痛覚を引き起こす。無いからと言って余裕と思っていたら大間違い。愚地独歩のようには行かないようだ。

玉が無いからといって安心できないぜ

美につながる原動力は恋愛

玉取ったもともとの動機は、将来的にこのジェンダーで生きていく決意が固まったからだ。玉取ったらもう男性社会には戻れない。レールから外れた人生を生きる器量が自分にあるかどうかを確認できるまでは肉体改造はしないと決めていた。そしてその確信が持てたのが三年前、というわけである。

取った以上は女性らしい外見を備えていかなければならないのだが、まあ手抜きばかりしている。

身なりはそれなりにちゃんとしてはいるものの、美しくなる努力、ということはほぼしていない。

今のところ寝て食ってばかりだ。

「去勢された豚」という言葉は、まさに今の私にふさわしい。

美しくなるためには、身体的なケアはもちろん、精神的な側面も必要である。ときどき男性の目を意識し、女性ホルモンを活性化させなければならないのだ。

恋愛している女性は驚くほどに綺麗になる。ついこの前まで化粧もせずジャージでうろうろしていた女が、彼氏ができた途端に輝きだす。顔面にLEDでも入れたんじゃないかと思えるくらいにキラッキラになる。このエネルギーはどこから来るのだろう。

女を美しくするには、男のエネルギーが必要なのかもしれない。

まとめ

刺激を求めなくなったら見た目も衰えていく。好奇心が強く怖いもの知らずだった私は、新しい扉を開くためには躊躇することなく行動していた。性に対する冒険は終了したが、見た目は今後も磨き続けたい。

体型的にはさらに脂肪がついた感じがする。顔はどんどん丸くなる。それが女性らしさの一つではあると思うし、玉取らなかったらもっとおっさん寄りの顔になっていたことだろう。老化すると人間は骨密度が減り、頭蓋が小さくなるため顔の皮膚が下がるという。今は丸顔だがこれからは四角くなっていく。どうせ老いるなら、着物が似合うキリッとしたババアになりたい。

なので、実は最近ちょい美容のほうも頑張ってます。

理想は「プラダを着た悪魔」の鬼編集長ミランダだ。あんなババアになりたい。

コメント

  1. チョイノリダー より:

    生放送から〜
    プラダを着た悪魔2が企画進行中らしいですよ〜
    ババア相手役のアン・ハサウェイが出てる映画レ・ミゼラブルで歌うシーンが超感動ですよ