社会問題 仕事

音楽は自由であり不自由

水商売していると「音楽」という壁に必ずぶち当たる。飲みに来るお客さんはだいたいカラオケが好きなので、水商売をやるなら多少は歌に詳しくならないといけなくて。必然的に音楽の話題も多くなるし。私は歌が上手くない、というか下手なのでカラオケは好きでも嫌いでもないんだけど、マイクを渡されれば歌うし、お客さんが歌えば盛り上げる持ち上げる。オカマバーのお客さんは年齢層が広いので、それに比例して歌の年代の範囲も広くなる。昭和歌謡から最新のK-POPまで様々。常連さんともなると歌う歌もだいたい決まってくるので、私は頭の中でこの人はこの歌という情報を全て記憶している。慣れてくるとアマゾンの関連商品紹介のように、こういう曲が好きな人は多分この曲も好きそうだ、と多少のラインナップを操ることもしたり。と、このくらいの情報管理は水商売じゃ当たり前なんだけど、バイトの子なんかは意外とできなかったりする。

不思議なんだけど、そういう子は大体歌が好きだ。よく歌うし、結構上手い。音楽というジャンルは好きになればなるほど偏りが現れるものなので、音楽が好きな子は自分の好きな歌にしか反応しない傾向がある。自分と趣味や年代が近いお客さんとは意気投合するのだけど、わからない年代やジャンルの音楽になると途端にどうすればいいのかわからなくなる。そもそも興味がないのだから、そのお客さんの十八番をいつまでも覚えることができない。

つまり、音楽が好きということが逆に他人の好きな音楽に対して盲目になってしまうのだ。音楽が好きな人は例外なく自分の好きな音楽を他者と共有したいと思っている。水商売ではこの共有を仕事として割り切らないといけない。興味ないから世代が違うからといって回避するのはもったいない。逆手に生かせばそれは立派なビジネスチャンス。音楽を通してよりお客さんのことを知ることができる。仕事としてお客さんと関わる以上は自分のこだわりはいったん捨て、信頼関係を築くことから始めることが大事。誰にとっても気軽に楽しめる音楽。それだけに大人の社会では結構扱いが難しい。ひいい。

音楽は自由で深い共感を産むと同時に、不自由で閉鎖的でもある。

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