社会問題

加工写真は幻想か? 可能性か?

これでも女子なので写真の加工アプリは嫌いじゃない。その写真が偽物とわかっていてもやっぱり写りがいい方が気持ちがアガる。と言っても限度があるので最近のプリクラ機や極端に目がデカくなる加工は避けたい。SNSにシュメール文明の銅像みたいな写真を平気でアップしている若者がいるがあれはさすがに怖い。写真を確認して、何か違うと思わなかったのだろうか?

不思議なことに、他人の加工写真を見ると詐欺じゃんと思うくせに、自分の写真だと何の違和感もなく受け入れてしまう。後々比べてみるとだいぶ違うのに(笑)。残念なことに人間とは自分に都合の良い情報は抵抗なく受け入れてしまうものなのだ。顔は加工が進むほどに目がデカくなり、鼻や口が小さくなっていく。冷静に見たら変なんだけど、それを美しいと感じてしまう心理は進化論的にきちんと説明がつくらしい。赤ん坊を可愛いと思うのは存在そのものが愛らしく、その外見から得られる情報が「守りたい」「危害を加えたくない」を思わせるようにできているのだそうだ。これは子孫を残すという意味では重要な感情であり、本能的にそう思うように進化の過程でプログラムされたものだという。泣き声がうるさいからといって、生まれたばかりの赤ん坊を殺してしまっては子孫繁栄につながらない。二次元の美少女は赤ん坊の容姿の特徴を維持した状態で成長した姿と考えれば、極端にデフォルトされたその容姿に萌える人もいるのはなんとなくわかる。萌えとは性欲を超えた異性への愛で、それは「娘」か「妹」か「若い頃の母」あるいは「女として生まれていた場合の自分自身」として無意識下に投影される、などということを何かの本で読んだことがあったけど、本当なのだろうか? 要するに目がデカい方が愛されやすいということになるのだが、単純に目がデカければいいというのならギョロ目のおっさんも皆に愛されるはずだ。いくら思い込みが激しい人間の脳味噌も、オッサンでは溺愛センサーが反応しないようだ。容姿のバランスとか愛嬌がないと難しい。

最近の加工写真はそういう輪郭のバランスや肌のハリも含めて全て調整してくれるのでありがたい。この年になると、加工写真を撮ったあとに自分の顔を見ると余計にギャップに苦しむので極力使いたく無いが、たまに加工で撮ると可能性を感じてしまう。確かに加工された写真はだいぶ盛っているが、そこに写っているのは紛れもなく私なので、ここさえちょっと直せばもっと美人になるのでは? そうやって調子に乗って考え始めると、今度は整形外科のアンチエイジングについて検索し始める。料金表を見てすぐに凹む。高けーよ! 自分の顔の悩みを全て金で解決するとしたら少なく見積もっても100万はかかる。私はここまでして若返りたいとは思わないけど、実践している人もいるのだから、見た目に対する情熱が違う。そのBETの張り合い、私はオリる。美容には終わりが見えないので、どこかで自分の顔と折り合いをつけるしかない。そういう意味で加工アプリは、低コストで自尊心を保つ最適のツールと言えるのかも知れなくもないかも知れない。

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