2022年。ちょうど2年前の今頃、わたしは睾丸摘出をした。寅年だったこともあり、まさに虎の子と言ってもいい金玉を手放した。

以後、術後1週間後、1ヶ月後、半年後と、経過報告してきたが、大きな変化は性欲がなくなったこと以外なかった。細かいところでは、脂肪が付く、筋肉が落ちる、食欲が増える、ムダ毛が生えにくくなる、軽い更年期障害の症状が出る、など枚挙にいとまがないが、胸がギュインと出てくるわけでもないし、顔が変わるわけでもない。一言で言うと、単に男性ホルモンが出ていない状態の「男ではない何か」になっただけである。
あれからさらに月日は流れた。
玉取り後の性転換リミットは2年
2年、という経過年数は睾丸摘出者にとって、特別な時期を意味する。
摘出後2年経過すると、ちんこが小さくなりすぎて、陰部を作る性転換手術ができなくなる。
性行為を行える状態の女性器を作るには、本人のちんこが材料となる。ちんこが縮んでしまうと材料が足りなくなるため、女性器を作ることができなくなる。

つまり私は完全な女性になるための条件を失って、タイムリミットを迎えたというわけだ。
普通は睾丸摘出してから早い段階で性転換するらしいぞ
もちろんS字結腸という直腸を使う方法もあるし、穴を作らない見た目だけの女性器を作る手術もある。
しかし、もはやそんなことはどうでもいい。
必要ないのである。
2年という考える時間を与えられたが、やっぱりこのままでいいという結論に至った。そもそも玉を取る前からその結論は出ていたし、自分的には正しかった。
わたしは完全な女性になることに興味がない。しかし男性でいることには抵抗がある。どちらでもないその中間点に位置しながら社会に順応していくというその目的は果たされた。
10年前は水商売という選択肢しかなかったので、水商売の世界に飛び込んだ。今では社会認識も変わって水商売に限らずセクシャルマイノリティが働ける環境の選択肢も多くなった。水商売にこだわる理由もなくなったが、個人的にこの仕事は楽しいので今のところ続けている。
2年で何が変わったか?
摘出半年までの変化はこれまでの動画で語った通りである。これを短期的変化とし、現在の変化を長期的変化としてみた場合、長期的変化は以下の通りとなる。
・ちんこの収縮(全盛期の半分以下)
大きさは摘出前の半分以下。勃起はいまだにときどきあるが、すぐに萎える。
・陰嚢の収縮
2年間でかなり縮んだ。無くなったわけではなく引っ張ればまだ伸びる。女性もののパンツを履くとき一切邪魔にならないレベル。
・睡眠が深くなる
昔からよく寝るほうだったが、今はさらに寝る。1日平均9時間は寝ている。夢もよく見る。

・食欲増大
これはかなり増えたし、太る女性の気持ちがわかった。炭水化物がなければエネルギーが湧かない。味覚もはっきりしてきて、米やパン、麺類が前以上に美味しく感じるようになった。
今の体型を維持できているのは奇跡的だと思う。痩せたいが、同時に体の奥底から来る「飯をくれ!」という信号が強すぎて現在も食欲と闘っている最中である。

・体つきは9割女性
腹と太腿に肉はついてしまったが、そのせいか体のシルエットはほとんど女性である。太ももに脂肪が付きすぎて股が擦れるようになった。女性がある年齢を境に短いスカートを履かなくなるのは、生足だと股が擦れるからだと思う。

残念ながら首の太さ、手のゴツさ、足のサイズなど、骨格で形成されているものは今後も変わらない。なので手のネイルがクソほど似合わない。サンダルを履く時期になったときだけ、ファッションとして足の爪はネイルする。
・顔が変わった(らしい)
らしい、というのは自分ではそうは思わないからだ。会う人にはだんだん女性らしくなっていると言われる。顔の構造はそれほど変わってないけど、肌は変わったと実感している。毛穴の開きや、細かい肌荒れは玉取る前よりはるかに改善された。睾丸摘出前、女性ホルモン注射を打ってるときは相変わらず肌荒れに悩まされていた。個人差はあると思うが、私は注射だけでは肌質は変わらなかったほうである。睾丸摘出の威力はそれなりにある。
精神的変化は
気持ちとしてはそれほど変わっていない。やはり性格(キャラクター)というのは、相当深いところにあるみたいだ。玉が無いからと言って女々しくなるようなことはなく、むしろ以前にも増して性格は男らしくなっている気さえする。逆にメソメソしている男子にはヘッドロックして「シャキッとせいや」などと言うときもある。
これじゃあ彼氏ができるわけがないぜ
変化としては、自分に興味が無くなったことだ。ただしポジティブな意味である。自分より外部への関心が強くなったので好奇心が強くなったと言った方が正しいかも知れない。
自分というものを個人としてではなく、好奇心を満たすための媒介として扱うようになった。見たいものに触れたり、行ったことのない場所へ行くための手段としての自分の体を使っている、という感じだ。そのため、もともと外交的だった性格が、さらに外交的になってきた。これはおそらく性欲消失とも関係がある。
性欲は一見外交的性質のようなものに見えるが、本質は内向的だ。自分の体の快感を満たすことに興味がないので、興味が外部そのものに向いてしまった。
性欲喪失した分、刺激の求め方が変わったと言ってもいい。

海外旅行に行きたいぜ。
この先に何があるのか
性欲もない。男でも女でもない。それほど金があるわけでもない。家族もいない。そんな人間はこの先一体どういう人生を送ればいいのか?
そんなものはわからない。しかし、それはどんな人生でも同じ。仮に性転換手術を終えて望み通りの体と性別を手にしたとしても、それはゴールではない。理想的なパートナーに巡り会えたとしても、結婚できたとしても、やはりそれもゴールではない。そしてそれはマイノリティだろうがマジョリティだろうが変わらない。
よくわからないけど、それなりにみんな恵まれてるようには見える。私も含めて。
政治がわけわからんとはいえ、まだ暴動も起きてなければ餓死者も出ていない。今のところそういう国にいるのは事実だ。
食べ物も着るものも寝る場所も、必要なものは十分ある。モノがあふれる今の時代に個人が求めるものは意味だけである。生きる意味、働く意味。意味は自分で見つけるしかない。それはとてもお金のかかるものかも知れないし、案外身近にあるものなのかも知れない。

わたしの玉取り体験談が掲載されている、西川清史さん著「世界金玉考」も絶賛発売中だぜ。
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コメント
自問自答しながら今を自由に生きること、大切である。同意します。